韓国ドラマ『武神』に登場するソンイ。
武臣政権の最高権力者である崔瑀(チェ・ウ)の娘で、男勝りな性格と主人公の金俊(キム・ジュン)を恋して止まない姿が印象的でした。
彼女の金俊に対する恋心は、とても計り知れないものでしたね。
ドラマでのソンイは、生涯を金俊のために捧げたと言っても過言ではないでしょう。
そんなソンイですが、実在した人物なのでしょうか?
結論としては、ソンイは実在した人物ですが、「ソンイ」という名前は架空のものです。
高麗の歴史書である『高麗史』によれば、崔瑀に娘がいたことは確かなのですが、名前は記録されていないのです。
というのも、この時代の女性は歴史書に名前が残ることのほうが稀で、ほとんどの場合は記録として残されなかったからです。
そのため、「ソンイ」という名前は、ドラマ側がつけた架空の名前ということになります。
ただし、崔瑀に娘がいたことは事実です。ここでは、彼女を「崔氏」と呼ぶことにします。
この記事では、崔氏について、高麗の歴史書である『高麗史』に基づき、史実に迫っていきます。
後半では、ドラマ『武神』で描かれるソンイと史実における崔氏との違いも解説しております。
崔氏の詳細
崔氏の基本情報
姓名:崔氏(名前は不明)
出生年:不明
死亡年:不明
家族構成
父:崔瑀(チェ・ウ)
祖父:崔忠献(チェ・チュンホン)
配偶者:金若先(キム・ヤクソン)
子:金敉(キム・ミ)
娘:金氏(キム氏)
崔氏の生涯
生い立ち
崔氏の生い立ちについては、歴史書に記録がなく、よくわかっていません。
父は崔氏政権(武臣政権)二代目の最高権力者である崔瑀(チェ・ウ)でした。
崔瑀には、娘である崔氏のほかに、万宗(マンジョン)と万全(マンジョン)という二人の息子がいました。
ただし、万宗と万全は正妻の子ではなく、崔瑀が妓女(※遊女のこと)との間にもうけた子でした。
母親こそ異なりますが、崔氏と万宗・万全は、姉妹兄弟であったことになります。
金若先(キム・ヤクソン)に嫁ぐ
1219年までに、崔氏は将軍の金若先(キム・ヤクソン)に嫁ぎます。
やがて、崔氏は金若先との間に息子の金敉(キム・ミ)と娘の金氏(名前は伝わっていない)をもうけます。
1235年には、娘の金氏が高麗王室に迎え入れられ、太子の妃となります。しかし、金氏は子を産むと、まもなく亡くなってしまいました。
崔氏が嫁いだ金若先(キム・ヤクソン)については、以下の記事で解説しております。併せてご覧ください。

金若先が少女と私通したことを訴える
その後、夫の金若先(キム・ヤクソン)が崔瑀(チェ・ウ)の屋敷にいた少女たちと私通して、望月楼の牡丹房という場所で淫らなことをしてしまいました。
崔氏は嫉妬し、このことを父の崔瑀に訴えたうえ、さらに「私は家を捨てて尼僧になります」と言いました。
これを聞いた崔瑀は、すぐに金若先が私通した少女たちを島流しにし、望月楼と牡丹房を取り壊しました。
金若先を陥れる
金若先(キム・ヤクソン)を訴えた崔氏でしたが、実は彼女自身にも、かつて奴隷と私通した過去がありました。
金若先がこの事実を知ると、崔氏はそれが世に知れ渡ることを恐れてか、金若先のことを別の事件(詳細不明)にかこつけて、父である崔瑀(チェ・ウ)に訴えました。
崔氏の訴えを受けた崔瑀は、金若先を殺してしまいます。
しかし、しばらくして、崔氏の訴えはでっち上げで、金若先は無実であったことが明らかになります。
真実を知った崔瑀は、嘘の訴えをした崔氏を遠ざけ、ついに死ぬときまで会いませんでした。
ドラマ『武神』と史実の違い
※以下、ドラマのネタバレ注意です。
崔氏と金俊(キム・ジュン)には接点がない
ドラマ『武神』では、ソンイが奴隷の金俊(キム・ジュン)に恋して片思いするという展開でしたが、これは史実ではなくフィクションです。
高麗の歴史書である『高麗史』に、崔氏(崔瑀の娘)と金俊(キム・ジュン)の関係性を示す記事は存在しません。
史実では、崔氏と金俊の間には、何の接点もなかったとみられます。
ただし、『高麗史』によれば、崔氏が奴隷と私通していたという事実が記されています。
金俊も奴隷出身だったので、ドラマではストーリーを面白くするために、崔氏が私通した奴隷に金俊を重ねたのでしょう。
崔氏は金若先(キム・ヤクソン)と不仲だった?
ドラマでは、ソンイと金若先(キム・ヤクソン)は不仲な夫婦として描かれていました。
それは、ソンイが金若先と結婚したのちも、金俊(キム・ジュン)を愛していたことが原因でした。
史実においても、崔氏と金若先は不仲であった可能性が高いです。
ただし、その不仲の原因に金俊は関係がありません。上記の通り、崔氏と金俊には接点がないからです。
『高麗史』によれば、金若先は崔瑀(チェ・ウ)の屋敷にいた少女たちと私通し、崔氏のほうも奴隷と私通していました。
史実では、夫婦揃って他人と私通していたわけですから、到底、夫婦仲が良かったとは言えないでしょう。
しかも、崔氏は金若先のことを架空の事件で崔瑀に訴えています(実際は金若先は無実)。そして、その訴えによって、金若先は崔瑀に殺されてしまいました。
これは実質、崔氏が金若先を殺したようなものです。この事実は、夫婦関係の悪さを物語っています。
ドラマでも、ソンイが金若先に謀反の罪を被せたことが原因で、金若先は死刑になってしまいました。
崔氏(ドラマではソンイ)が金若先を陥れ、死に至らせたことは、ドラマと史実で一致していることになります。
崔氏は死罪になっていない
ドラマでは、夫を殺した罪によって、ソンイは死罪となりました。
具体的には、ソンイは父の崔瑀(チェ・ウ)から毒薬を送られ、死を賜りました(金俊がソンイを看取るシーンは切なかったですね)。
しかし、史実では、崔瑀が崔氏を死罪にしたという事実はありません。
『高麗史』によれば、崔瑀は嘘の訴えで夫を陥れた崔氏を、ただ遠ざけて死ぬまで会わなかったとだけあります。
そのため、崔瑀がソンイを死罪としたのは、ドラマのフィクションということになります。
参考文献
- 『高麗史』巻22、世家第22、高宗12年(1225)3月25日
- 『高麗史』巻88、列伝第1、后妃、元宗后妃順敬太后金氏
- 『高麗史』巻101、列伝第14、諸臣、金若先
- 『高麗史』巻129、列伝第42、叛逆、崔忠献、崔怡
