目次
原文
顕宗元貞王后金氏、成宗之女。顕宗即位、納為后、称玄徳王后。元年、王避契丹兵、南幸、后従行。九年四月、薨、諡元貞、葬和陵。十八年、加懿恵。
書き下し
顕宗元貞王后金氏、成宗の女なり。顕宗即位し、納れて后と為し、玄徳王后と称す。元年、王 契丹兵を避けて、南に幸するに、后 従行す。九年四月、薨じ、元貞と諡し、和陵に葬る。十八年、懿恵を加ふ。
現代語訳
顕宗〔の后妃〕元貞王后金氏は、成宗の娘である。顕宗が即位すると、迎えて王后とし、玄徳王后と称した。〔顕宗〕元年(1010)、王が契丹軍を避けて南に行幸すると、王后も付いて行った。〔顕宗〕9年(1018)4月、〔王后が〕薨去すると、諡号を元貞とし、和陵に葬った。〔顕宗〕18年(1027)、〔諡号に〕懿恵を加えた。
原文出典
- 国書刊行会編『高麗史』第3、国書刊行会、1909年、pp.5~6
