目次
原文
小西院夫人金氏、亦行波之女。行波善射御、太祖賜姓金。太祖幸西京、行波率獵徒道謁、請至其家、留信宿、以二女、各侍一夜。後不復幸、二女皆出家爲尼。太祖憐之、召見曰、「爾等旣出家、志不可奪也」。命於西京、城中、作大・小西院兩寺、置田民、令各居之、故稱大・小西院夫人。
書き下し
小西院夫人金氏、亦た行波の女なり。行波 射御を善くし、太祖 姓金を賜ふ。太祖 西京に幸するに、行波 猟徒を率ゐて道に謁し、其の家に至るを請ひ、留りて信宿するに、二女を以て、各一夜を侍らしむ。後に復た幸せざれば、二女皆出家して尼と為る。太祖 之を憐れみ、召見して曰く、「爾等 既に出家すれば、志を奪ふべからざるなり」と。西京に命じて、城中に、大・小西院両寺を作らしめ、田民を置きて、各之に居らしむ。故に大・小西院夫人と称す。
現代語訳
小西院夫人金氏も、〔大西院夫人と同じく〕また金行波の娘である。金行波は弓術と馬術に優れ、太祖は〔彼に〕金姓を賜った。太祖が西京へ行幸すると、金行波は狩人らを率いて道中で謁見し、自らの家に来るよう請うた。太祖が二晩〔金行波の家に〕滞在する間、二人の娘をそれぞれ一晩ずつ〔太祖に〕侍らせた。のちに、再び〔太祖が〕行幸することがなかったため、二人の娘は共に出家して尼となった。太祖はこれを哀れに思い、呼び寄せて会い、こう言った。「あなたたちはすでに出家したのだから、その志を奪うことはできない」。〔そうして〕西京に命じて、城内に大西院と小西院の二つの寺を建てさせ、田民を置いて、〔二つの寺に大西院夫人と小西院夫人を〕それぞれ住まわせた。それゆえ、大・小西院夫人と呼ばれたのである。
原文出典
- 東亜大学校附属石堂学術院 編『국역 고려사(国訳 高麗史)』第20巻、景仁文化社、2006年、p.339
