武神 アンシムは実在した女性 キムジュンとの関係は?

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アイキャッチ画像 高麗

ドラマ『武神』に登場するアンシム。

ドラマでは、金俊(キム・ジュン)が大邱(テグ)で出会い、ウォラに瓜二つな女性でした。

歴史上、アンシムは実在した人物です。

この記事では、高麗の歴史書である『高麗史』に基づき、アンシムという女性について解説していきます。

後半では、ドラマで描かれるアンシムと史実との違いも解説しております。

また、金俊の生涯については以下の記事で解説しております。併せてご覧ください。

安心(アンシム)の詳細

安心(アンシム)の基本情報

名前:安心(アンシム)
出生年:不明
死亡年:不明

家族構成

不明

安心(アンシム)の記録

安心(アンシム)についての記録は、高麗の歴史書である『高麗史』に見えます。

しかし、その記録はとても少なく、安心という女性がどのような人物で、どのような生涯を送ったのかは全くわかりません。

記録そのものが少ないので、ここでは『高麗史』に残されたわずかな記録を全て引用し、わかる限りの情報を見ていくことにします。

『高麗史』に見える安心

安心(アンシム)についての記録が見えるのは、『高麗史』巻130、列伝第43、叛逆、金俊伝(キム・ジュンの伝記)です。

ここには金俊の生涯が記されているのですが、その中に安心という女性が登場します。

早速、記録の内容を見てみましょう。

以下は、『高麗史』巻130、列伝第43、叛逆、金俊伝を抜粋引用したものです。

金俊は容姿がたくましく、性格が寛大で情が厚く、下の人に対しても謙虚だった。また、弓を射ることに長け、施すことを好んだため、多くの人々の心を得た。毎日、遊び好きの子弟たちと酒を飲み、家に貯めておくものがなかった。術のある僧が彼を見て、「この人はのちに必ず国をつかさどるだろう」と言った。朴松庇(パク・ソンビ)と宋吉儒(ソン・ギリュ)らが崔怡(チェ・イ)に推薦すると、崔怡は金俊を信頼し、出入りのたびに必ず金俊に護衛させ、殿前承旨に任命した。〔しかし、〕金俊は崔怡が寵愛する妾の安心(アンシム)と私通し、固城に流刑に処されたが、数年後に戻ってきた。

『高麗史』巻130、列伝第43、叛逆、金俊

※崔怡(チェ・イ)=崔瑀(チェ・ウ)のことです。

黄色い線の引かれたところが、安心について書かれた部分です。

実は『高麗史』に見える安心の記録は、これしかありません。

次に、この記録からわかることについて、まとめていきましょう。

安心は崔瑀(チェ・ウ)の妾だった

『高麗史』によれば、安心は崔瑀(チェ・ウ)の寵愛する妾(めかけ)でした。

ですが、いつ妾になったのか、どのような人物であったのかは記録からうかがうことができません。

崔瑀
武臣政権第6代目の執政者。崔氏政権としては2代目。崔忠献(チェ・チュンホン)の嫡男。

金俊(キム・ジュン)が安心と私通する

『高麗史』によれば、金俊が崔瑀(チェ・ウ)の寵愛する妾の安心(アンシム)と私通し、固城(コソン、現在の慶尚南道に位置する)に流刑に処されたとあります。

崔瑀は金俊の主君でした。

そのため、この記録に従えば、金俊は自分の主君である崔瑀の妾(めかけ)を奪ったことになります。

記録が少ないため、残念ながら、安心についてわかることはこれぐらいしかありません。

ドラマ『武神』と史実の違い

※以下、ドラマのネタバレ注意です。

金俊(キム・ジュン)と安心(アンシム)の出会い

ドラマ『武神』では、金俊と安心は大邱(テグ)で出会い、お互いに愛情を持つようになっていきました。

しかし、史実では金俊と安心の出会いについては、詳細な記録がないため、よくわかっていません。

二人がどのような経緯で愛情を持つようになったのかもわかりません。

また、ドラマでは、安心の家族がモンゴル軍に殺されてしまうという展開がありましたが、これはフィクションです。歴史書には、安心の家族についての記録はありません。

そのほか、キム・ヤクソンの部下たちが金俊と安心の関係を知って金俊を陥れようとする話や、これを知ったソンイが金俊を助けようとする話も架空の物語です。

高麗の歴史書である『高麗史』には、ただ金俊が崔瑀(チェ・ウ)の寵愛する妾の安心と私通したという事実だけが記されているだけです。

キム・ヤクソンソンイについては、以下の記事で解説しております。併せてご覧ください。

安心(アンシム)は金俊(キム・ジュン)の夫人?

ドラマの後半では、安心は金俊の夫人になりました。

しかし、高麗の歴史書『高麗史』には、安心が金俊の夫人になったという記録はありません。

ただ単に、二人が私通したという事実が記されるだけです。

ただし、『高麗史』によれば、金俊には前妻と後妻がいたようで、そのどちらかが安心であった可能性はあると言えるでしょう。

参考文献

  • 『高麗史』巻130、列伝第43、叛逆、金俊
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