邀石宅・キムミラは実在した【穆宗の寵愛を受けた宮人】

ドラマ『千秋太后』に登場する邀石宅ヨソクテク・キム・ミラ。

ドラマでは、キム・ウォンスンと延興宮主ヨヌングンジュの策略によって穆宗モクチョンのもとに送り込まれた絶世の美人で、穆宗から寵愛を受けたものの、結局は悲惨な結末を迎えることになりました。

キム・ミラは実在した人物です

ただし、「キム・ミラ」という名前はドラマが名付けたもので、歴史書には「宮人金氏」と伝わっています。

そのため、この記事では「宮人金氏」と呼ぶことにします。

この記事では、宮人金氏という人物について、高麗の歴史書である『高麗史』『高麗史節要』に基づいて解説していきます。

記事の最後では、ドラマ『千秋太后』に登場するキム・ミラと史実との違いを解説しています。

目次

宮人金氏の詳細

宮人金氏の基本情報

姓名:キム
出生年:不明
死亡年:不明

家族構成

配偶者:穆宗モクチョン(高麗7代王)

宮人金氏の生涯

穆宗の寵愛を受ける

宮人金氏についての記録は少なく、その素性はほとんど知ることができません。

『高麗史』に収録されている宮人金氏の伝記によれば、穆宗(モクチョン、高麗7代王)から寵愛を受け、「邀石宅ヨソクテク宮人」と呼ばれたといいます。

穆宗(モクチョン)[在位:997~1009]
高麗7代王。5代王景宗(キョンジョン)の息子で、980年に生まれた。997年、18歳で即位したものの、母后である千秋太后(チョンチュテフ)の摂政を受けるなど、その治世には母后の影響力が強く作用した。

どのような経緯で、穆宗の寵愛を受けるようになったのか。なぜ「邀石宅宮人」と呼ばれたのか。

このあたりのことは、具体的な記録がないため、よく分かっていません。

ただ、「邀石宅」の「宅」は、王が宮女や後宮に与えた私邸を意味するため、彼女は穆宗から「邀石宅」という私邸を賜ったものと考えられます。

ちなみに、「宮人」というのは、正式な后妃ではありません。なので、宮人金氏は穆宗から寵愛を受けたものの、正式な后妃ではなかったのですね。

穆宗の正式な后妃は、宣正ソンジョン王后氏ただ一人でした。

賄賂を受け取り、罰せられる

あるとき、慶州キョンジュ出身の融大(ユンデ)という者が、自ら新羅の元聖王ウォンソンワン(新羅38代王)の末裔と詐称して、勝手に良民(賤民以外の一般民衆)500人余りを奴隷にしてしまいました。

それから、融大は、この奴隷にした500人を宮人金氏や宰相の韓藺卿(ハン・インギョン)に賄賂として贈り、自分のことを後援させました。

つまり、融大は元聖王の末裔と詐称し、そのうえ宮人金氏や韓藺卿に賄賂を贈り、その見返りとして後援を受けることで、威勢を振りまこうとしたのです。

一方、宮人金氏は韓藺卿とともに、融大からの賄賂を受け取ってしまったわけです。

やがて、御史台オサデ(百官を監察する機関)の取り調べにより、融大が元聖王の子孫ではないこと、宮人金氏と韓藺卿が賄賂を受け取り、融大を支援したことなど、全ての事実が明るみに出ました。

御史台がこの件を上奏すると、穆宗(モクチョン)は宮人金氏に罰金刑を科し、韓藺卿を流刑に処しました。

この処置を聞いた人々は皆、喜んだといいます。

以上が宮人金氏について残されている記録の全てです。

記録が少なく、彼女の素性はほとんど分かりませんが、賄賂を受け取ってしまったあたり、悪賢い面があったのかもしれませんね。

※宮人金氏の伝記(『高麗史』巻88、列伝第1、后妃1、穆宗后妃、宮人金氏)は、以下の記事で現代語訳されています。

『千秋太后』のキム・ミラと史実の違い(ネタバレ注意)

※以下、ドラマのネタバレ注意です。

キム・ウォンスンと延興宮主は無関係

ドラマ『千秋太后』では、キム・ミラは、千秋太后の失脚を目論もくろむキム・ウォンスンと延興宮主ヨヌングンジュの回し者として、穆宗のもとに送られました。

その後、キム・ウォンスンと延興宮主のたくらみ通り、キム・ミラは穆宗の寵愛を受けるに至りました。

しかし、史実においては、キム・ミラはキム・ウォンスンや延興宮主と何の関わりもありませんでした

ドラマでは、キム・ミラの背後にキム・ウォンスンと延興宮主がいたという設定にすることで、キム・ウォンスンと延興宮主の悪役ぶりを強調したかったのだと思われます。

キム・ウォンスンについては、以下の記事で解説しています。

キム・ユンデとの密通は事実?

ドラマでは、キム・ミラは、キム・ユンデとの密通でもうけた子を、穆宗(モクチョン)の子に仕立てようとしました。

結局、この悪巧みは発覚し、この事件の背後にいた黒幕のキム・ウォンスンやハン・インギョンも皆捕まり、キム・ミラも悲惨な最期を迎えることになりました。

しかし、史実においては、キム・ミラとキム・ユンデの密通はありませんでした

史実では、融大(ユンデ、※キム・ユンデのモチーフとなった人物)が、宮人金氏(ドラマのキム・ミラ)や韓藺卿(ハン・インギョン)に賄賂を贈って権勢を得ようとしただけに過ぎませんでした。

そのため、ドラマで描写された密通事件はフィクションとなります。

キム・ミラの最期について

ドラマでは、キム・ミラは、彼女とキム・ユンデとの密通を知った穆宗(モクチョン)により、手にかけられました。

最愛のキム・ミラに裏切られ、失意のどん底に落とされた穆宗は、自ら刀を振り下ろしたのです。非常に切ないシーンでしたね。

ただし、歴史書には、宮人金氏(キム・ミラ)が穆宗の手にかかって最期を迎えたという記録はありません

史実では、宮人金氏は融大(ユンデ)から賄賂を受け取った罪で、穆宗によって罰金刑を科されたに過ぎませんでした。

史実で賄賂事件に過ぎなかったものを、ドラマでは、キム・ミラとキム・ユンデの密通という大事件に発展させ、その背後にキム・ウォンスンと延興宮主ヨヌングンジュがいた設定にすることで、より物語に面白みをもたせたのでしょう。

参考文献

  • 『高麗史』巻88、列伝第1、后妃1、穆宗后妃、宮人金氏
  • 『高麗史節要』巻2、穆宗10年(1007)7月
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この記事を書いた人
宮山朱理のアバター 宮山 朱理 修士(文学)
           

大学院で東洋史を専攻し、修士号(文学)を取得。このブログでは、大学院での学びを活かし、朝鮮半島の歴史や韓国時代劇の裏側にある歴史を解説しています。

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